Yezo Brown Bear Lab

女の小便熊を殺す

北海道熊物語

大正8年の夏、北見の国紋別郡下湧別村福島団体移住地の出来事である。
ちょうどその年は山の食物も不作でそのための出没がいつもより多かった。

その日、移住民の妻おとくさんは自宅より5町ばかり離れた薯畑の草を取っていた。
夕方近くなってきたが馬の草でも刈っていこうと思って、畑より十間ばかり草むらへ入って行って一生懸命刈っていた。
すると何か木でも折るような音がするのであたりを見たが何もいない。おかしいなと思いながらまた刈り始めた。

今度はザァザァという音がしてきたので、驚いて見れば夕闇にもくっきりと雲つくほどの熊だった。
我を忘れて逃げ出し、しばらく2町ばかりは後をも見ずに走り続け、それからふと後を見ると熊は自分より20間ばかりのところを走ってくる。
仕方なくちょうどそこにシナの木があったのでおとくさんはその木へ登り始めた。
熊はものすごい勢いで走ってくる。おとくさんは5、6間登ったところで自分の帯を解いてしっかりと身体をしばりつけた。

早くも見つけた熊は真っ赤な口を開いてその木を揺すりだした。
おとくさんは死んだような気持ちで木と共に揺られていた。木は今にも倒れそうだが、根が深くシナの木は 折れにくいのでなかなか折れない。
熊はどうしても落ちてこないので、今度はその木を登ってきた。
うなる声、爪の音、ハァハァと吐く息―――ニ尺ほど登っては「ウォーッ」と吼えるのが一口にしてくれんと 言うように見える。
もう1間、もう3尺。1尺! 危険はますます迫ってくる。
おとくさんはもう死んだようになっていた。熊の手がおとくさんにかかったその時である。

おとくさんは苦しさのあまり、身をもがきながら小便をしてしまった。 それが丁度熊の目に入ったらしい。
熊は大地へそのまま落ちて行った。 熊は「ウオーッ。ウオーッ。」と一種異様な鳴き声を上げて、その後は身動きひとつしない。
おとくさんは何が起こったのか自分にもわからない。熊は木に抱きついたまま動かない。 おりることもできず、助けを求めてが誰もきてくれない。
とうとう木の上で一夜を明かした。 おとくさんの家の方ではおとくさんがいないので、一生懸命探していたが一向に行方がわからなかった。
とにかく次の日の朝早く探すことにしようとその夜は不安のうちに過ごした。

翌朝早くから部落の人が30人ほど集まって、鉄砲2挺、草刈鎌、手斧などを持って捜索に向かった。
朝の5時頃ちょうど、そこを通り合わせた一同はおとくさんの居場所はわかったものの、木の根に熊が 抱きついているのでどうにもならない。
遠巻きに鉄砲を撃って反応を見るが生きているのか死んでいるのか さっぱり見当がつかない。
仕方なく誰か行ってみろというが誰も恐ろしくて近寄るものもなく却って 尻ごみする始末。

丁度そこへ力自慢の芳造という人が出てきた。年は50近いがなかなかの元気な男である。
もう熊とは5間ばかりしか離れていないが、熊はやはり動かない。一同は手に手に用意のものを構えた。
近寄って行くと、一同は愕然とした。
そのシナの木の根が血でかためられているのである。何ともいえぬ有様だった。

熊は死んでしまっている。
一同は不思議に思い、今までの恐ろしさもどこへやら、寄ってたかって熊を引き寄せようとしたが動かない。
それもそのはず、よく見ると熊の尻に木が刺さっている。
その木を切って熊をひきよせ、おとくさんを木からおろして無事を喜び合った。
常時福島団体の人達はシナの若木を切ってその皮をはぎ草履などを作っていたが、その切り株が槍のように尖っていた。
そこへ、おとくさんの小便が熊の目に入り驚いた熊が手を離したまま落下。
無残にも尻から胸のところまで刺さって、さすがの大熊も女の小便で最期を遂げてしまったのである。

その熊の身長は9尺6寸あったという。
その当時、女の小便で大熊をとったというので大評判だった。

(旭川市 Tさん)

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