Yezo Brown Bear Lab

息子を食った熊を食う母

北海道熊物語

上川百万石の美田の1つである鷹栖村も私たちが入地した当時は鬱蒼たる密林だった。
ナラやヤチダモの巨木が天をついて生え繁り昼でも天日がまともに仰げないような全くの荒地で、こんなところが永住の地になろうとは夢にも思われないところだった。

この話は入地当時の哀話である。
私たちは田中農場付近にあばら屋を建てて、小麦や小豆などを僅かずつ伐り拓いた土地に植えては、いつか 広々とひらけて行く美田良圃を夢見ながら年老いた母と1人の妹と妻と4人で暮らしていた。

隣に源蔵さんという人がいた。 僅かながらも作っていた畑作物を今日は町に出て金に替えて来ようと朝早く馬車を仕立てて、 熊笹を切り開いた山道をことことと辿っていった。
曲がりくねった山道を辿って町に出るだけでも1日仕事。どうにか町に出て作物を金に替えた 源蔵さんは唯一人自分を待っていてくれる母親に、あれもこれもと珍しいものを買い集めて家路についたのはもう町にランプのついた頃であったろう。

開墾地の秋の寒夜はしんしんと更けてもう11時。
待てども待てどもいとしい我が子の馬は帰ってこない。
12時、時折聞こえるものは夜の鳥の羽ばたきと鳴き声ばかり。まんじりともせずに夜を明かした母親は、夜明けと共に息子の帰らないことを隣近所に知らせた。
もしやと思ったのは私ばかりではない。
源蔵さんの母親も心のうちで不安におののいていたのだろう。

いつも秋になると、ウプイヌプリの山脈を越えて、この山里へ山の王者熊が出没するのが常であった。人々は手に鍬や斧、銃も2、3挺持って緊張しながら源蔵さんを探しに山道をおし進んでいった。
丁度16線16号の坂あたりにさしかかった時人々は異様なものを見た。

やっぱり――――――――― 霜どけ道に点々とつづる血のあと。血、血、血。
その血をたどって道をよぎって熊笹を押し分けて進んだ人々は見た。
見るも哀れな源蔵さんの姿、 血だらけの首と足とも手とも見分けもつかぬばらばらの骨が残っているばかり。

あまりにも変わり果てた我が子の姿に「源蔵よ、源蔵よ」と泣き叫ぶ母親の声は木々の梢をつたわって山の向こうまでもこだまするのであった。
その日から開拓地のあちこちの人達が集って、源蔵さんの仇討にと熊狩が始められた。
山を遠巻きにして石油缶を叩きながら三日三晩。

4日目の朝、1里も離れた山奥で源蔵さんのところの馬の死体を食い荒らしているところを突き止め 3挺の銃でとうとう撃ちとった。
この大熊を引きながら山を下る人々にようやく復讐なった晴れやかな顔があった。

そしてその夜は熊の肉に鍋を囲んで人々は酒くみ交わしながら語り明かしたが、半狂乱のようになった源蔵さんの母親は「私のかわいい子を殺した憎い熊、今度は私がお前を食ってやる」と泣きながら 熊肉をたべたのには狩の喜びに酔いしれていた人々にまた新たな涙をもよおさせたのであった。

(鷹栖村 Tさん)

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