Yezo Brown Bear Lab

白昼校庭で熊と騎馬戦

北海道熊物語

たしか大正6年の9月中頃であった。
毎年秋口になれば熊が出る出るで、農民も実に戦々兢々、小学生の通行もできぬ有様だった。
ましてわが富良野町の御料地などはその頃はまだ道路の工事も十分にできていなかったので、 村人も熊笹や小木などを押し分けて歩かねばならぬという困難さであった。

ある日のこと、登校すると昨夜は学田のK氏の納屋に熊が入って唐きびを大部分運び去ったという話で大変な騒ぎである。
やがて授業時間もきて、午前中は無事授業も終わり午後1時半ごろの書方の時間、1人の友達が「熊が出た」と 言うので指差す方を見れば、大変だ―――約3百間ほどの所の熊笹の中で、大熊が昼の日中悠然として食物を物色中ではないか。

やがて学校全部がわあわあと大騒ぎになって先生にしがみつくもの、また顔色を変えて机の下に隠れるもの、泣き叫ぶもので校内は一大混乱に陥った。
そして先生のかけ声で全生徒一斉に「クマーデタークマーデター」と誰に言うとはなしに、何度も声をあげた。
なにしろ学校は小高い所にあるので、この声で学田一般の大騒ぎとなり、親父さん等がねぢりはちまきで棍棒や鎌などを持ってたちまちのうちに集ってきて学校いっぱいになった。

午後3時頃になって腕自慢の青年勇士たちは馬に乗り鉄砲を背にして現場を見に行ったので、昨夜唐きびを録られた家の主人公もご苦労様とばかりに無手で歩いて一緒になり、農地境までついて行った。
その時であった。さっきの巨熊が山の方からこちらに向い牙をならして駆け来るではないか。

自分等は学校の窓から見ていたが「そら来た!」と言う間に、もはや馬から百間ばかりのところに迫っていたその時である。
馬上の勇士は一斉に寄らば撃たんと身構えたが、何しろ馬の方がびっくりして、ふうふう鼻息を鳴らして逃げ出したので撃つこともできず、とうとう熊は2・3間ばかりのところに踊りかかって来たので、さすがの勇士も馬を立て直して我先にと逃げ出した。

その時、前記の徒歩の主人公は腰を抜かさんばかりに驚いてその場に倒れた。
熊は主人公には目もくれず、その上を飛び越えて4頭の馬を目がけて追いかけた。
実に早いもので、直ちに後ろの馬に追いついて一撃せんと立ち上がるが、その間に馬は走る。
また追いついて立ち上がる、またおくれる、また走って追いついて立ち上がるという全く息がつまるような有様に、その度に学校の窓の人たちは思わず叫び声を発する。
その間に下の農家では石油缶や板切れをたたくやら全く戦場のような騒ぎである。

そのうち一頭の馬が逃げ遅れて学校の玄関に飛び込んだ。その時の勇士の顔は実に物凄く、眉毛をつり上げ目は血走って、玄関の戸を力一杯に閉めた。
全生徒は驚き一斉に叫んだので、後を追いかけてきた大熊も学校から30間ほどの所まで来たが、その声に驚いたか急に向きをかえて山へ逃げ帰った。

その日は暮れた。
今晩も熊が味を知って唐きび畑に来んものとも知れぬと、4人の青年勇士はK氏の納屋に入って待つこと数時間夜中の11時頃、案の定例の大熊は納屋近くに巨体を現した。
この時とばかり4人は熊に向って一斉射撃をした。 熊は異様なうなり声を出して逃げた。
何しろ真っ暗なので追撃もできず、夜明けを待つことにした。

明るくなったがどこにも熊の影は見えない。
しかし点々とした血は山の方へと続いて落ちている。
あ、命中したと喜び、血のあとを探しつつ一同は進んだ。
一山越えて小川があった。
熊がその川の水で傷口を洗い、ヨモギをつめた跡がある。
その所から約30間ほどの所にヨモギやガマなどを敷いてその大熊が寝ていた。
そら、もう一発と撃った。 と同時に熊は一声高くないてその場にとうとう倒れてしまった。
自分等もその熊を見に行ったが、実に大熊であって体重は百貫もあろうとのことであった。
見れば数年前撃たれた古傷が二箇所と、新傷が二箇所、その穴にはヨモギの葉が小さくもんで入れてあった。
村の人の話ではこんな古傷があり、また傷の手当をする位の熊であるから相当の年齢であろうと語っていた。

(富良野町 Tさん)

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